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「ヤマ」のめぐみ 所沢の自然循環型農業

みなさんは、「ヤマ」と聞いてどんな「ヤマ」を想像しますか?おそらく、ほとんどの人が傾斜がある「山」を思い浮かべることでしょう。ところが、市内の農村地域では「ヤマ」といえば雑木林、それも平地林のことを指します。

「ヤマ」の歴史は江戸時代、三富の開拓(さんとめのかいたく)に始まります。三富新田は短冊形に区画され、それぞれの区域が道路側手前より、屋敷林(住居を取り囲む林)・耕地・平地林(ヤマ)に分けられていました。地割の中で最も重要な役割を果たしていたのが、敷地の一番奥に配置された平地林(ヤマ)でした。

もともと三富新田は関東ローム層の上にあり、土壌は酸性で植物の栽培には不向きな荒れた土地でした。しかも、雨が降れば水を吸ってぬかるみ、風が吹けば土が舞い上がって飛び、冬には霜柱が立ちやすい、となかなか手に負えない状況でした。水田地帯であれば、山から養分をたっぷり含んだ水が流れてくるのですが、近くに大きな川のないこの地域では、それも望めません。この土地で毎年作物を作り続けるためには、どうしても人の手で土壌に栄養を与える必要がありました。そこで活用されたのが「落ち葉堆肥」です。

「落ち葉堆肥」はヤマに植えられたクヌギやコナラなどの落ち葉を主な原料として作られます。冬にこれらの木が葉を落としたころ、落ち葉を熊手などで掃いて集めます。この作業を、「くず掃き」といいます。昔の農家は冬場の農閑期を利用して、一家総出でこのくず掃き作業をしたとのことです。掃いた落ち葉は一ヶ所に集められ、一年ほど寝かせます。細かい部分は農家によって違いますが、基本的な作業は今も昔もそれほど変わりません。

寝かせた落ち葉は雨を含んで発酵し、細かい堆肥となっていきます。初夏のころ、この堆肥を掘り返すと「まんじゅう虫」と呼ばれる真っ白いカブトムシの幼虫が見つかります。カブトムシの幼虫たちは、分解されて細かくなった落ち葉を食べて大きくなります。この幼虫のフンが野菜を育てるのに必要な栄養分をたくさん含んでいます。カブトムシの幼虫のほかにも、ミミズ・ダンゴムシ・その他の微生物たちが落ち葉を分解させ、さらに立派な堆肥が作られていきます。

こうして作られた堆肥で育った野菜は、味も良く、何より安全です。しかし、近年、農家の兼業による多忙化や相続税対策などで「ヤマ」を手放す農家が多くなりました。環境にも人にも優しいこの自然循環型農業を、次の世代に伝えていきたいものです。(F)


参考文献

  • 『武蔵野の落ち葉は生きている』いるま野農業協同組合/編家の光協会《613.136ム》
  • 『ふるさとのくらし日本のまちとむら5 都市近郊のむら』小峰書店《09》